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かんそうき

好きなもの:テニミュ

地を渡る舟-1945/アチックミューゼアムと記述者たち-感想

感想

東京芸術劇場の地下にあるシアターイーストにて、「地を渡る舟-1945/アチックミューゼアムと記述者たち-」を観劇してまいりました。

公演情報はこちら。→地を渡る舟|てがみ座第11回公演

 

以下、ネタバレありの感想です。

 

◆あらすじ

1945年、渋沢邸の離れにある私設研究室アチックミューゼアム。もう使用されていない部屋を市民へ開放するため、お手伝いのりくが片づけに現れる。埃のかぶった民具に日誌。しぶしぶ片づけにかかるりくのもとへ、宮本常一が久方ぶりに姿を現す。再会を喜ぶ二人だがそれも束の間、「渋沢先生に会いに来た」と深刻な様子で話を切り出す常一。その深刻な表情に渋沢を呼びに行くりく。そして常一は渋沢に「陸軍に呼ばれた」と告げた。

舞台は1935年に巻き戻る。アチックミューゼアムには数名の研究者が民具の研究を行っていた。笑いの絶えない、そして研究的関心の絶えない研究室。しかし、第二次世界大戦の戦況も刻々と変わり、研究室の面々もそしてそれを支える女達も激動の時代に巻き込まれていく。

 

◆感想

2回観劇させて頂いたのですが、号泣でした。どこで?と問われると、決定的な場面や台詞があるわけではなく、2幕はほぼ泣いていた、みたいな状況でした。

場面転換が面白くて、真っ暗にはならず薄明かりの中役者が上手から下手へ、下手から上手へ縦横無尽に駆けながら、大道具や小道具を持って転換させていきます。

山登りの場面では役者さんが黒子となって、高低差のある丸椅子を1つずつ動かしながら表現されていて面白かったです。黒子といってもそのまま農民の衣装なので、畑仕事をするためしゃがんでいる、みたいな光景でした。

開場中にBGMで駅のホームのアナウンスやクラクションの音、街の喧騒など現代の音が流れていて、開演とともに蝉の声にかき消されて1945年になるのが美しかったです。

 **

学歴が低く、このまま行っても校長にもなれない為、アチックで身を立てたいと思っていた常一は、渋沢の鶴の一声によりアジア行きを阻止されます。「学歴のない君は向こうに言っても扱いは良くない」と渋沢に理由を述べられ、結局は学歴という大きな壁に阻まれ出世を断念させられた常一は絶望し、常一の妻・真木は怒りをぶちまけます。

渋沢は怒りを表す真木にも多くは語りませんでしたが、肺を患っている常一を心配しており、また経済界の重鎮でもある渋沢は多くの情報と知識と先見の明から戦況が芳しくないことを知っていました。全て渋沢の「みんなを守りたい、全員に生きてほしい」という優しさ故の建前だったんじゃないかと思います。この時の誉子(たかこ)の謝罪もとてもかっこよかった。

渋沢夫婦は最終的には別れることになりますが、家庭を顧みず自由な夫に呆れ果てて、とか愛想を尽かして、ではなく、それも誉子の愛だったような気がします。「歩き回ろうかな、ほら宮本くんと一緒に」という渋沢の言葉に対する誉子の「どこにでも自由に飛び立ってください」という言葉(間違っているかも)には、渋沢が羽ばたくためには自分が地面に留める足枷となってしまうと判断した故の相手への思いやりがつまっているように感じました。夫婦としては成り立つことは出来なかったけれど、それでも別の愛の形があるように感じました。最後のシーンの人が往来するシーンでも、「私、あの人が何を研究しているかさっぱり分かりません」と言っていた誉子さんが傘を差しながら草鞋を手に持ちながら歩いているのを見つけ、ほっこりしました。

登場人物は誰しも信念を持つ人たちでした。図らずともぶつかり合ってしまうが、中にはけっして悪ではないものもある。

最後の場面では行き交う多くの人が段々現代の人になっていきます。しまいには自動り棒を持った若者やティッシュ配りまで。そんな中でも一人の老人が最初と変わらず歩いています。私は、人の心の根幹は時代がどんなに移ろいでも変わらないということかな、と感じました。

今回は再演で初演は2013年だったそうです。長田さんが構想されたのは震災直後だったそうで、常一と松太郎の会話がずっと心に残っていたのですが、すっと腑に落ちました。

ご年配の方も若年の女性も多い客層でした。終演後のアフタートークを待っている時に、若い女性の声で「奥さん可哀そう。ありえないよね」という声が聞こえて、興味深かったです。

きらびやかだったり華やかだったりはしない舞台でしたが、心の片隅に置いて気が付いたときに反芻したいような、そんな舞台でした。

 

◆三津谷さんのお話。

役はアチックミューゼアムの研究員の吉永くん。法政大学に通っていて研究室の中では1番若手。周りが国立大出の人たちばかりでどこか劣等感を持っているが、寝る間を惜しんで魚の方言を調べるほど研究熱心。研究室の仲間に「なめくじ」とからかわれるほどのビビリで、陸軍大尉が研究室に来た際も表情を悟られたくないぐらいビビッているのに、しのさんが攻撃された時には思わず怒りを隠さない様子の人思い。

最近は大人の役者さんの中で「普通の若者」を演じられることが多くて、とても楽しいです。

ファン的にはスタンドカラーシャツを着て袴をはくという書生さん姿や肌襦袢姿などが見られて嬉しかったです…(戯言)。そして最後のシーンのお衣裳が2013年11月(家に帰ってから確認しました)のブロマイドのド派手なお衣裳に加えて、ズボンはさらに派手な黄色になっていて「それ見たことある!」となりました。DVD予約の際の特典の集合写真もそのお衣裳で映っていらっしゃいました。

 

◆アフタートークメモ(10/26)

感想。

長田「初演はプロジェクターとか用いた現代的な感じでしたが、今回はよりアナログになりました」

三津谷「舞台転換が本当に大変。でコンセントを差したりしなきゃいけないんですけど、いつも間違ってしまう。それでさらに焦ってしまう」

清水「大変そうだよな」

三津谷「あっないんですか??」

?「うろうろ歩いてるものね~(※そうゆう演出です)」

西山「ブッシュ(大道具)を配置しなきゃいけないのに、場ミリが暗くて全然見えない。福田さんとここかしら?とアイコンタクトができるようになった」

福田「声は多分出してないはずなのでテレパシーで話してます」

役作りについて。

長田「清水さん(宮本常一の故郷の)周防大島行ってきてくれたんですよね!」

清水「別の仕事で広島に行っていたんですよ。twitterで広島球場のツイートとかしてたら長田さんに『わざわざ行ってくれたんですか!?』って言われて、もう行くしかない、と。予定を組み替えて行ってきました」

俵木「長田さんから参考図書を宿題に出されて。稽古前に読んできてください!って、たくさん。僕小学生の息子がいるんですけど、ちょうど夏休み時期で息子も一緒に読書感想文用の図書を読んでました。稽古当日まだ読み終わらなくて、行きの電車の中で読んでた」

西山「しのは鹿児島弁を喋るんですけど、うちの後輩に鹿児島の子が居て、教えてもらったり参考にさせてもらったりしてました」

稽古場の話。

三津谷「通し稽古の時、袴を自分で男結びしなくちゃいけなかったんですが、あまり今まで着る機会がなかったので、youtubeで着方を調べたりして着たんですけど、笑い声が聞こえたんですよ。何かな?って思ったら袴の間からピンクのパンツが見えてて。そのあと着方を教えて頂いて」

清水「俺が教えてあげたんだよな!」

三津谷「そう、清水さんに教えて頂いて、俵木さんにももっと締めなきゃ!って紐をギュっとされて」

俵木「(三津谷さんの体型が)細いからサマにならないんだよな!こう俺みたいに!(笑)」

三津谷さんの服装は、てがみ座さんのカーキ色のTシャツに3+2+8=∞と書かれた黒いジャージのおズボンにピンク色のクロックスでした。お椅子に腰かけるのが、お尻落ちちゃうんじゃないかっていうぐらい浅くて、身を乗り出してお話しされてました。あと、下手に司会の長田さんがいらっしゃった関係で下手を見ていることが多かったですが、上手の客席に見知った顔を見つけたのかにこーっとしていらっしゃたのも印象的でした。

開演時刻が押していたのと退館時刻がせまっていたため、10分ほどで終了しました。